31日目
Fonfria → Sarria
朝起きると身体が痛い…、これはやはり…風邪。
「風邪かも」と思うだけで急に全身全霊で元気がなくなります。熱がある気もするしものすごくだるい気もする。
とりあえずアルベルゲのカフェで朝食を済ませ、「改源」を飲んで出発です。
ガリシア州は雨がよく降ると聞いていましたが、本当にその通り。雨が降ったり止んだり忙しく、カラッと晴れ渡ることがありません。
寒暖差のせいか、アルベルゲ内でもらったのか、この旅で初めての風邪です。夫も少し調子が悪そう。
今日の目的地はサリアという大きめの町にして、ブルゴス以来の休息日を作ることにしました。サリアまでは26kmくらいなので、いつもよりもちょっと多めになりますが、とにかくあったかいお風呂に入ってひたすら眠りたい…。
まずは9kmほど先のトリアカステージャを目指します。ATMもありそうなので、現金の補充も兼ねて休憩。
朝食セットを頼むと、トスターダとトマト、オレンジジュースとカフェコンレチェでした。焼いたパンにオリーブオイルとトマト、塩をかけて頂くスタイル。スペイン語ではトスターダ・コン・トマテ。
いつも通りバターとジャムもついていたので、色んな味が楽しめてお得感満載。ちなみにバターはスペイン語でマンテキーヤ、ジャムはマルメラダ。カミーノでは頻出単語です。
昨日の宿で私の隣のベッドだった男性がやって来て、私たちが挨拶をすると同じテーブルに座ってきました。彼は少し挙動不審な感じで、昨日の宿で東欧系グループの女子たちに挨拶するも完全無視されていました。
私たちのテーブルで朝食を食べ始めた彼は、アイルランドから来たエイダン。三回目のカミーノで、今回歩き終えるそう。日本にも何度か来たことがあり、ウーフ(無償で仕事を手伝う代わりに寝床と食事を提供してもらうシステム)を使って長野のホテルに滞在したことがあると話していました。彼の話を聞いているうちにまた雨が降り出し、急いで出発。
トリアカステージャから道が二手に分かれます。南のルートはサモスを通るルートですが、今日中にサリアに着きたかった私たちは、距離の短い北ルートへ。
雨が降ったり止んだりですが、緑が美しく日本の山のようです。
途中、寄付制の休憩スポットがありました。私の苦手な雰囲気でしたが、膀胱が限界だったのでお邪魔してみました。この場所の主と思われるジェシー・ピンクマン似の男性にトイレはどこか尋ねると、裏の畑のような場所に連れて行かれました。
「トイレは二つあるんだ、カカ(大)はあっちのトイレ、ピピ(小)はあっちのトイレ」と男性が指差す先にはドアなどない簡易のトイレが。
私はピピの方に行って用を足しましたが、カカだったとしたら行きにくい…。
彼らはテントで生活しているらしく、巡礼者の顔にペイントしたり、ギターを弾いたり、瞑想したりととてもゆっくり過ごしていました。夫にもらった小銭をドネーションボックスに入れ、ゆで卵とバナナを頂きささっと出発。
夫がスタスタと前を歩く後ろで、エイダンのマシンガントークを聞きながら歩き続けました。
エイダンは足がクソ痛いエリックにも会ったらしく、彼は痛みの話しかしないからすごくエネルギーを吸い取られる、と言っていましたが、風邪気味で朦朧としていた私は猛烈に話し続けるエイダンにエネルギーを吸い取られていました。
アイルランドの気候や地形の話、環境問題の話などを聞き、スターウォーズが嫌いだと言い出したエイダン。そこだけちょっと聞き流せなかったので、体調が悪い中私のハリソン・フォード愛を語り、休憩地点に到着。別れ際に、「スターウォーズのラスト・ジェダイはアイルランドで撮影したんだよ」と耳寄り情報を教えてくれたので、やっとアイルランドに行きたくなったよ、と言って別れました。何だかんだいい奴でした。
カミーノ2週間目くらいからちょこちょこ挨拶を交わしていたアメリカ人の奥様と、まさかのモンベル被り。彼女は何と、映画「Wild 」でシェリルがPCTで最初に出会った男性・グレッグの奥様。おったまげました。映画の通り、彼は1995年にはスルーハイクを達成できなかったけれど、翌年の1996年に達成したんだよと話してくれました。私たちがJMTのスルーハイクをしたことを話すと、「JMTだってものすごくタフじゃない!あそこを歩ききったのね、おめでとう!」と祝福され、何だかとても誇らしい気持ちになりました。
サリアの町に入る頃には体調がかなり悪化し、悪寒が止まらず亀の歩みとなっていました。後ろから来たノラが心配してしばらく一緒にいてくれましたが、夫に追いついたので先に進んでもらいました。
Booking .comの検索画面でバスタブ付きの宿を絞り込んで予約した宿に到着。ホテルではなくアパートでしたが、とにかく早く休みたい…。
アパートに入るとあるはずのバスタブはなく、シャワーのみ。
予約画面を何度見ても「バスタブ」と書かれているので、Booking .comに連絡し、Booking .comから10%だけ返金してもらえることに。言ってみるもんだな…。
ニンニクと生姜を大量に使ったスープを作り、倒れるようにベッドに入りました。
32日目
Sarria
一歩も外に出ず、生姜の効いた野菜スープとパンを食べて一日中寝て過ごしました。食欲があるのが救い。
海外で体調を崩すことほど嫌なことはありません。ただの風邪ならいいけど、変な病気じゃないといいな…と心細くなります。体温計もないので熱があるかも分からず、実家が恋しくなりました。
33日目
Sarria → Portomarin
昨日丸一日寝たせいか、寒気もなくなりだいぶ楽になりました。やっぱりただの風邪か…。
サリアの町を見ることなく、矢印の通りに進みます。
霧の中を進みます。体調は良くなりましたが、少し咳が出ます。
アーモンドケーキとカフェコンレチェで休憩。
今日はプルポが食べられるポルトマリンを目的地にして、少し短めの行程です。
マリアに風邪で1日サリアにステイしたこと、今日はポルトマリンまでしか歩かないことを連絡すると、私の身体を気遣いつつも「もうすぐ追いつける気がする!」と喜んでいました。
サリアからは巡礼者の数が急に増える、と聞いていましたが、本当にずっと人に挟まれて歩くことになります。サンティアゴにてコンポステーラ(巡礼証明書)を貰うには、サンティアゴまで100kmは歩く必要があり、サリアがちょうど100kmくらいの距離なのです。
ついに残り100km地点に到達です。ここからはスタンプを1日2個以上貰わないといけないらしいのですが、私の巡礼手帳はもうすでに押す場所がなくなりそう…。
休憩中のカフェでベリンダ姉さんと再会。彼女もアルベルゲで風邪をもらったらしく、咳をしていました。二人で咳をしながら薬を飲み、「私たち、もうボロボロだね」と笑いました。
ベリンダ姉さんによると、シェーンとクリスティーンも風邪でダウンしているとか。もうこれはみんな同じ風邪だな!と何となく一安心。
遠くにポルトマリンの町が見えてきました。見えてからが遠い。
私の愛用アプリ「Buen Camino」によると、サリア以降は巡礼者が急増するので宿の予約を忘れるな、とのこと。私たちは予約していませんが、大きめのアルベルゲにアタックしてみる予定です。
橋を渡るとポルトマリンです。橋が思いの外高さがあってお尻がゾワゾワしました。
橋を渡り終え、急な階段を登って町に入ります。とんでもない入り口ですね。
130ベッドある大きいアルベルゲに行ってみると、問題なく入ることができました。ものすごく綺麗な施設で、シャワー・トイレも男女別でとても清潔でした。
ずっと奥までベッドがあるけれど、宿泊者がそんなにいないので使われていませんでした。
テラスからは湖が見えて気持ちいい。シャワーを浴びて洗濯を済ませ、軽食を食べに出かけます。
ポルトマリンの町の中です。新しい巡礼手帳もゲットしたい。
ツーリストオフィスが閉まっていたので、土産物屋さんで巡礼手帳を購入しました。
バルに入るもプルポはないと言われ、トルティージャとポテトフライを注文。トルティージャにもジャガイモがいっぱい詰まっていて、お腹いっぱいに。
夜、宿の裏のレストランにプルポを食べに行きました。これだけ食欲があれば風邪ももう治っただろうと思いましたが、夜になると咳が悪化しました。
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