スガ旅

35歳を迎え、夫婦で仕事を辞めました。

SUGATABI.

スガ家の旅の記録

JMT後のLA滞在記

DAY139

朝起きてすぐ、昨日スーパーで買ったパンにピーナッツバターを塗って朝食。

インディペンデンスで買ったピーナッツバター1瓶を5日で完食しました。私史上最速の消費です。

朝10時のバスに乗るため、9時過ぎに宿をチェックアウト。

バス停は宿からも見えるマクドナルドの横にあります。

さっきパンを食べたのにパンケーキも食べたくなり、マクドナルドに入って注文。そう、食欲が止まらない。

食べ終わった頃に、昨日も話したソロハイカーが店に入ってきました。
「同じバスだよね?LAまで行くよね?一緒に行ってもいい?」と人懐っこい彼の名前はディミトリ。
クロアチア出身の彼は現在カナダのモントリオールに住んでいて、このままLAXまで行って乗れる飛行機に乗って帰るとのこと。

バスが到着し、3人でバスに乗り込みます。ディミトリがJMT中に出会ったという他のソロハイカーも乗っていたので、ディミトリは彼女の横に。彼女は途中のモハべで降車しました。

ランカスターまでは3時間ほどの道のりでしたが、音楽を聴きながらウトウトしていたらあっという間に到着。メトロリンクの駅前に止まったので、そのまま駅で列車を待ちます。

夫に荷物を見てもらい、ディミトリと外の券売機へ切符を買いに行きました。二人で手こずっていると、地元民らしきおじさんが全部操作してくれました。ありがたい…

かなり小さな駅ですが、売店もありホットドッグが売っていたので購入。本当に、今は何だっておいしい。

ディミトリはメニュー板に「corn dog」と書かれたものを試してみる、と言って購入。

持ってきたのは私たちが日本でよく食べる「アメリカンドッグ」でした。「アメリカに行ったらコーン・ドッグを食べろって友達に言われていたんだ、初めて食べるよ!」とやや興奮気味のディミトリ。

日本ではアメリカンドッグと言って、みんな大好きだよと教えると、「えっそうなの?ケチャップがいい?マスタードがいい?」とかなり真剣に味付けを迷っていました。


ビビりなのかほんの気持ち程度ケチャップをつけたコーンドッグを食べるディミトリ。

感想は、まあおいしいかな、と微妙そうでした。その後にホットドッグも買って食べていました。

列車が到着し、4人テーブル席をゲットしたので3人で座ります。ソロでこの素晴らしいトレイルを歩ききった彼は、JMTの思い出を誰かと共有したかったのでしょう。 お互い撮った写真を見せ合いながら、それぞれの感動ポイントなど熱く語り合いました。

ところでいくつなの?と聞くと何と同い年。ゲームのキャラクターデザイナーで、彼の作品を見て仰天しました。すごい奴でした。

同い年なので夫とゲームの話で盛り上がり、LAのユニオンステーションまであっという間に時間は過ぎて行きました。

日本に来たら一緒に富士山登ろうね、と約束し、ユニオンステーションで解散。私たちは空港近くのモーテルに2泊します。

久々の都会、私たちがJMTを終えたことなんか全く関係のない世界。ふと寂しくなりました。

バスに乗ってモーテルまで行き、チェックイン。
JMT前後の交通についても不安があったので、無事に全て済んでようやくホッとできました。

夜はずっと楽しみにしていたFRiDAY'Sに行き、念願のポークリブ(フルサイズ)を注文。お姉さんが気を利かせてお皿に分けて持って来てくれたので、チップを弾みました。

ああ、本当に美味しかった。いつまででも食べ続けたかった…。

昨日別れたばかりのケイティから、明日そっちに行くから会おう!とメールが来ました。お互い食欲が止まらない事を報告し合い、In-N-Outの裏メニューを試して!と言われたので明日食べることにしました。

DAY140

モーテルの無料朝ごはんを食べるのが楽しみで、朝7時に起床。もう山じゃないのに早起きしてしまいます。

朝ごはんはトーストやワッフルなど簡単なもののみですが、トースト2枚にワッフル2枚、ペロッと完食。

午前11時にはお腹が空き始め、モーテル近くのIn-N-Outに出かけてみました。

In-N-Outはカリフォルニアでよく見かけるハンバーガーショップで、イーストサイドでは見かけません。ブレンデンによるとメニューは4種類ほどのかなりのシンプルさのため、In-N-Out(入って出る)という名前だそう。
ただこのIn-N-Out、裏メニューがかなりあり、ほとんどの方が裏メニューを注文しています。

私はケイティおすすめの「Double-Double」の“アニマルスタイル”と、フレンチフライの“アニマルスタイル”を注文。

この“アニマルスタイル”が裏メニューで、ハンバーガーやフレンチフライにプラスして、炒めた玉ねぎ、ピクルス、特製ソースがかかって出て来ます。

JMT前にマーセドで入店した時はそんなことは知らなかったので、ただのつまらないハンバーガーを食べたのですが、アニマルスタイルは絶品でした…!

さらに飲み物もケイティおすすめのチョコレートシェイクにして、普通にコーラにすれば良かったと後悔。ハンバーガーにシェイクは私にはちょっとアメリカン過ぎました。

午後にはケイティとブレンデンがモーテルまで迎えに来てくれて、4人でサンタモニカビーチへ。
ビーチに行くと言われていたのに水着を忘れた私ですが、しっかり者のケイティが予備の水着を持って来てくれていたので借りました。

私たちのために色々と準備して来てくれた優しい二人。ビーチでスナックを食べながらゴロゴロして、夫とブレンデンは仲良く海に入り、普段ビーチへ行くのは苦手な北海道民の私でもすごくリラックスした時間を過ごせました。

夕方にサンタモニカピアを散歩。この響き、何だか映画みたい…。海の向こうには日本なんだ…とふと帰りたくなりました。

ケイティは自分の事をトラベルナースと言っていて、1年ごとに職場と住む場所を変えているそう。ブレンデンは自宅で仕事が出来るので、毎年引っ越しをするみたいです。今はロスだけど、来年はコロラドにいるから遊びにおいで!と言われました。自由なこの2人らしい生き方だなあ。コロラドと言えばロッキーマウンテンがあったり、大自然に囲まれていて楽しそう。

帰りもモーテルまで車で送ってくれて、ここから2時間の道のりを帰る2人でした。本当にありがとう!

DAY141

朝10時にチェックアウトし、モーテルから出ている空港への無料シャトルに乗り込みます。

飛行機は夜8時過ぎ発の便ですが、次の目的地の宿も取っていなかったので空港に着いてから諸々済ませます。ベアキャニスターを空港から送ろうと思っていましたが、空港に郵便局がなく、仕方なくフランスまで持って行くことに。


ラウンジでももりもり食べる私。

次の目的地はフランス・パリ。
と言ってもパリは中継地点で、パリで数日滞在した後に列車で南の方に向かう予定です。
24日間歩き続けて左足首を痛めてしまい、歩くのもやっとな状態なので、1週間〜10日ほど足を休めて次の「カミーノ 」に備えるつもりです。

今度は歩く距離が倍以上になりますが、アップダウンはそこまで激しくなく、テント泊でもありません。食糧を運ぶ必要もなければ遭難の心配もないのですが、毎日絶景の中を歩くわけでもないので精神的にきつそうな気がしています。

でも道中何が起こるのか、どんな出会いがあるのか、今から楽しみでなりません。とにかく足を早く治してまた歩き始めたいと思います。


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JMTを終えて

JMTが終わり、ロサンゼルスからフランスのパリに移動。その後バスク地方のバイヨンヌという小さな町に来て、身体を休めています。

もう1週間も経つというのに、私の心はシエラネバダに置き去りのまま。それほど私の人生の中で強烈な1ヶ月でした。

新しく出来た「家族」とありがとうの気持ち

ケイティがよく、「トラミリー(tramily=trail family)」と口にしていましたが、トレイルで出会い、同じ困難を乗り越えてきた同志たちとは今でも家族のように頻繁に連絡を取り合い、またどこかで山に登りたいね、とか、シエラが恋しいね、とか話しています。
不思議な縁で同じ期間をあの山奥で過ごした世界中のトラミリー。JMTが終わり次第彼らは元の生活に戻り仕事に復帰するわけですが、皆やはり気持ちが追いつかない様子。
衣食住を背負い、あれだけの大自然にどっぷり浸かっていたのに、何不自由ない都会の生活に戻って戸惑いを感じるのでしょう。1人は昨日、レンジャーのポストが空いていないか問い合わせをかけたそう。みんな揃ってJMTロスです。

「美しい自然の中で毎日キャンプできる!」
「登山じゃないから頂上まで行かずに縦走できる!」
と、メリットしか頭に入れずに挑戦したJMT。

昼は灼熱の太陽に照らされながら汗だくで歩き、夜は凍えるほど寒い中防寒着を来て眠り、毎日山を登っては下り、熊に怯え、蚊と戦い、少ない食料で過ごした24日間。

その反面、私たちを暖めてくれる朝日に毎朝感謝し、川で身体を清められることに感謝し、山を越える度に目の前に広がる光景に感動し、少ない食料を夫と大切にわかちあった24日間でもありました。

「ありがたいね」

トレイル上で夫と何度も口にした言葉。
都会で日常生活を送っていたら当たり前過ぎて感じることのできなかった気持ちでした。

歩いた距離は434km

ジョンミューアトレイルは、かの有名なヨセミテ国立公園のハッピーアイルからアメリカ本土最高峰のマウント・ホイットニー頂上までの340kmですが、私たちはハッピーアイルの許可証が取得出来なかったため、手前のグレイシャーポイントから歩いたことと、リサプライのためにトレイルと町を何度か往復したこと、道に迷ったこと、ゴール地点からトレイルヘッドまでの下山も合わせて、実際に歩いた総距離は434km。計算してみて驚きました。

ヨセミテ国立公園から入り、キングスキャニオン国立公園、セコイア国立公園、そしてインヨー国有林を通過しました。

南下するにつれ景色がどんどん変化し、とくに後半、絵の具をこぼしたような青空の下に白く険しい岩山が広がっている風景が、今でも脳裏に焼き付いています。

自分が蟻のように小さく感じるくらいの大自然の中を毎日歩き、考えていたことと言えば今日は何を食べようかとか、今日のキャンプ地に蚊はいるかなとか、あそこトイレにちょうど良さそうだなとか、頭めっちゃ臭いなとか、そんな程度です。ひもじくなってからは馬の糞がお饅頭に見えるようになってきたりもしました。

ただ歩くだけの1ヶ月。電波も入らず外からの情報はなく、トレイルの状況はすれ違うハイカー同士が口頭で伝え合う。アナログでシンプルで、不便ゆえに頭を使い、絶望したかと思えばちょっとしたことに幸せを感じ、私の場合、穏やかというよりは泣いたり笑ったり忙しい日々を過ごしました。

この美しくもハードなトレイルを歩ききることが出来たのは、公園を管理し、常にトレイルの整備を行ってくれているレンジャーの皆さん、また、各リサプライポイントで私たちハイカーを笑顔で温かく迎えてくれたスタッフの皆さんのおかげです。

また、JMTを歩いたおかげで、自然保護と観光の両立や、それに伴う経済効果なども知ることができました。私の故郷も国立公園内にあるため、帰国したら今一度日本の国立公園に注目してみたいと思いました。

映画のことば

私がJMTに興味を持つきっかけとなった映画の中で、印象的な言葉がいくつかあります。

『わたしに会うまでの1600キロ』(原題『wild』)

youtu.be

PCTを歩いた女性のエッセイが映画化となった作品で、主人公シェリルのお母さんのこんなセリフがあります。

“There is a sunrise and a sunset every day and you can choose to be there for it. You can put yourself in the way of beauty.”

「朝日と夕日は、見ようと思えば毎日見られる。美しさの中に身をおきなさい。」


週末はたまに山に行っていましたが、買い物好きでもグルメなわけでもない私は会社と家の往復のみ。行き帰りの満員電車に揺られながら、窓に映る疲れ果てた自分の顔を見る毎日。朝日と夕日をゆっくり眺めるということは、つまりは心の余裕です。都会で忙しく働き、そんな余裕がなかった私の心にこの言葉はかなり突き刺さりました。



『MILE... MILE & A HALF』

youtu.be

また、JMTを舞台としたこの作品のオープニングは、ジョンミューアのこんな言葉で始まります。

“Wander a whole summer if you can…time will not be taken from the sum of your life. Instead of shortening, it will definitely lengthen it and make you truly immortal. ”   —JOHN MUIR


「ひと夏の間 散歩しても寿命は縮まない
むしろ真の意味で不死身の人間になれるのだ」
             ジョン・ミューア


世界旅行を決め、仕事も生活も全て手放すことに罪悪感を抱いていましたが、この言葉に救われました。私たちの場合「1年の散歩」になりますが…。
人生100年時代に向かう今、1年くらい日本社会から離れることが悪とは思わなくなりました。そしてJMTを終えた今、あの時決断して本当に良かったと心から思います。


『ロング・トレイル!』(原題『A Walk in the Woods』)

youtu.be


アパラチアントレイルを舞台にしたこちらの作品にも、ジョンミューアの言葉としてロバート・レッドフォードのセリフにこんな言葉が出てきます。

“Grab a loaf of bread, throw it in a sack, and jump over the back fence.”

「パンを手に取りザックに詰めて、垣根をとび越えろ」


こんな衝動に駆られることはしばしば、でもなかなか出来ないのが現実です。
この映画を観て、何歳になろうがこの気持ちは変わらず、そして何歳であろうと実行できるんだと勇気付けられました。

次の目的地

私には到底無理だろうな、と思っていたJMTスルーハイク。下調べや準備は大変でしたが、勇気を出して踏み出せば、想像を絶する感動が待っていました。
そして、そんなことがこの世界にはいっぱいあるんだろうな、とまた夢が広がりました。

明日はサン=ジャン=ピエ=ド=ポーという町に移動し、明後日から800kmという長さの巡礼路を歩きます。
とてつもない長さですが、果たして歩ききれるのでしょうか。

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私たちのJMT(ジョンミューアトレイル)⑫

23日目(DAY137)

Bighorn Plateau-Guitar Lake上(9.8マイル/15.8km)

朝6時に起床。テントを開けるともう空は明るくなり始めていました。オマールも外に出て日の出を待っている様子。

目の前の池は鏡のように静かで、山々を美しく写し出していました。

夫が起きてすぐに水を汲んでくれたので、浄水して朝ごはんの準備です。
朝ご飯を食べていると、どこからともなく三脚を持ったおじさんが現れ、急に撮影を開始し出しました。

オマールが池の水を汲もうとすると、カメラマンがストップをかけました。今ベストコンディションだから後にしてくれと。

こちらからすれば水を汲まなくては朝ごはんも食べられないし、何だか勝手な人だな、と思いました。

いつも穏やかで優しいオマールが憤慨しており、おじさんが立ち去った後に、「美しい朝なのにさっきは嫌な場面を見せてしまってごめんね」と謝りに来ました。いやいやいや!オマールは何も悪くないよ!と言ってオマールを元気づけました。

今日はギターレイクの少し上、トレイルクレスト手前で仮眠をし、夜中にマウントホイットニーにアタックする予定です。10マイルほどの行程ですが、のんびり行く事にして9時頃に出発。


砂漠に咲く花が可愛かった。部屋の壁紙にしたい。

1時間ほど歩くと分岐に着きました。マウントホイットニーまで11.7マイル!本当によくこんなところまで歩いてきたな…。

お昼休憩に残りのフリーズドライを食べます。少しでも軽くしていきたい。

マウントホイットニーまで8.3マイル。ついに残り10マイルを切りました。ちょっとだけ寂しい。

クラブツリーのレンジャーステーションの分岐に着きました。ここにはポータブルトイレが置いてあり、1人1個持つことが必須です。私たちはヨセミテで貰ったものがあるのでスルー。

マウントホイットニー山域に入ると排泄物は持ち帰らなくてはいけません。標高が4,400mと高いので、分解されないのでしょうか。


私たちの様子を伺うマーモット。

ケイティたちと抜きつ抜かれつで歩きながら、ギターレイクに到着です。

ギターレイクからマウントホイットニーまでは水の補給場所がないため、ギターレイクがラストウォーターポイントとなります。が、夫のJMTアプリで見たところ、ギターレイクの上にも水場がありそう。

ギターレイクでケイティ夫妻と別れ、一段上の水場で水を持てる分だけ目一杯汲み、さらに上のテントサイトまで担ぎ上げました。結局テントサイトにも池があり、がっくり…。


ギターレイクはギターの形。

上のテントサイトには先客がいましたが、3張くらいできるスペースがあったのでトレイルに近い場所にテントを張りました。標高は高いけどフライシートなしに挑戦。


ホイットニーを眺めながら昼寝する夫。

夫が奥にテントを張っていたおじさんに話しかけに行き、どれがマウントホイットニーかと尋ねたところ、私たちのテントの正面がまさにそうでした。

彼の名前はブライアン。ホイットニーポータルにトラックを置いていて、下山したらシアトルまで帰るとのこと。「もし足がなかったらローンパインまで乗せてくよ!」と言って頂き、本当に会う人会う人優しい人ばかりだなと嬉しくなりました。

夜ご飯にピーナッツバターサンドを3枚食べ、テントに入ります。


マウントホイットニーを眺めながら仮眠。まだ明るい。

10時頃、近くで足音が聞こえてむくっと起き上がると、若いハイカーが水を汲みに来ていました。「何時に起きるの?」と聞かれ、0時かな〜と答えると、「早すぎない?俺は1時にする!」と言っていました。

緊張のせいかお腹がゴロゴロするので、ストッパ下痢止めを飲みました。

  • 実際の歩行距離(iPhoneヘルスケア調べ):15.6km


24日目(DAY138)JMT最終日

Guitar Lake上-Mount Whitney-Whitney Portal(17マイル/28km)

深夜0時起床。と言っても、興奮してほぼ眠れませんでした。

フライシートなしのメッシュだけのテントにして大正解。寝袋に入りながら、目を開けると無数の流れ星が見えます。
JMT最後の夜に相応しい、とても静かな美しい星空。

ホイットニー山頂付近を眺めると、すでに何個かヘッドライトの明かりが見えます。さあ、いよいよだ!

私がお湯を沸かしてご飯の準備をしている間に夫はテント内の片付けをし、二人で最後のフリーズドライを食べます。コーヒーも飲んで騒ぐ心を落ち着け、テントを撤収。

午前2時、出発です。

明るいうちにトレイルのチェックをしていなかったせいで、しばらくトレイルを見つけるのにウロウロしてしまいましたが、何とか合流。すぐにホイットニーポータルジャンクションへの登りが始まります。

寒さに凍えながらゆっくりゆっくり慎重に登ります。ヘッドライトの明かりが頼りで足元しか見えませんが、すぐ横は崖。石を落とさぬよう、静かに丁寧に足を運びます。高山病の心配もまだ捨てきれないので、水分補給と休憩をこまめにとります。

午前4時、ジャンクションに到着。
ここにザックをデポし、マーモット対策のためザックからベアキャニスターを取り出し、においのするものは全てベアキャニスターに入れてザックと並べて置きます。

準備をしているとケイティとブレンデンも到着。同じベースキャンプだったブライアンも小休憩して先に進みました。

午前4時半、アタックザックに水と防寒着と雨具、ナッツを入れて、サミットに向けて出発です。

さっきよりも険しい道になってきていますが、周りが暗いのでどのくらいの高さにいるのか、横がどのくらい切れ落ちているのか、あまり意識せずに登れました。とにかく星がどんどん近づいて来るような感覚でした。

午前5時半、少しずつ明るくなってきました。頂上まであと少し。いろんな思いが涙と一緒に込み上げてきて、あと10歩、あと9歩、と一歩一歩大切に心を込めて進みます。

「We made it!!」

両手を広げて頂上で待っていたケイティが抱きしめてくれた瞬間、自分でもびっくりするほど大粒の涙が溢れ出てきました。

標高4,418m。ヨセミテから340km。本当にしんどかったし長かった。私にとってはとてつもなく過酷な24日間だった。途中何度も無理なんじゃないかと弱気になったけど、そんな私でも頑張ってついにゴールできた。そして、今までの辛さがこの景色ですべて吹き飛んで行く。

JMTサウスバウンドのゴールはここマウントホイットニーの頂上。私たちのJMTは終わったのです。

放心状態の私に「もしかしてモモ…?」と横から声をかけて来たのは、MTR手前からずっと会えずにいたヨシュアとクリスティーナでした。

彼らは夜中のうちに山頂にアタックし、ここで寝袋に入りながら夜を明かしていたのです。久々の再会で嬉しすぎてみんなで抱き合い、お互いを称え合いました。みんな本当によく頑張ったね…!

朝日が顔を出し始めるにつれ、みんな最後のエネルギーを使い果たすくらいテンションが上がっていきます。あまり寝ていないはずなのに、一人一人の表情がキラキラと輝いています。

ケイティはユニコーンのコスチュームに着替え(JMT中ずっと担いで来たの…?)、家族とFaceTime。

昨晩ベースキャンプで声をかけて来たマイルズは、オレンジ色の朝日を見つめながら「It's time...!」と呟き、横に居た私に一眼レフを渡し、「撮影を頼む」と言って服を脱ぎ始めました。


周りから"brave man"と呼ばれた全裸のマイルズ。

ヨシュアとクリスティーナを撮影したらモデルが良すぎて何かの広告風になったり。

数時間前に出会ったブライアンももうファミリー。

全員が家族のように一つになり、抱き合い、喜びを分かち合った最高の朝でした。この24日間、雨は一度も降らず、熊にも遭遇せず、怪我も病気もせずにここまで来ることが出来たのは、運と友人に恵まれたこと、そして何より夫が支えてくれたおかげです。

マウントホイットニー頂上には小屋があり、小屋の前に記帳ノートがあります。私は出会えたハイカーやレンジャー、協力してくれた全ての人々に敬意を表しました。

JMTを終えて頂上を堪能した後は、ホイットニーポータルまでの長い長い下山が始まります。
標高4,418mから一気に標高2,545mへ。距離にして17km。

午前7時、下山開始。まずはジャンクションまで戻り、デポしていたザックを取りに行きます。

夜中に歩いた時は全く分からなかったけれど、とんでもない所を歩いて来たな…と急に怖くなります。

24日間を過ごしたシエラネバダ山脈を振り返ります。

なんて美しいんだろうか…。言葉になりません。

午前8時過ぎ、ジャンクションに到着。人も増え始めていたので、ある程度降りてから休憩をする事に。

ジャンクションからトレイルクレストまでは若干の登り。トレイルクレストからは残酷なほどの下りが続きます。

午前10時半、長いスイッチバックからの解放。あんな高いところから2時間かけて急斜面を降りてきました。ようやく休憩できそうな場所でコーヒーを入れます。


後から降りて来たケイティ夫妻も同じ場所で休憩。

JMTからの解放と、下で待ち構えている文明社会。頑張って降りるぞ!

深夜2時から歩きっぱなしのせいか、足首の痛みに加えて足がもつれ始めます。夫が先に降りている中、途中道を間違えて違うルートへ進んでしまって迷子になる私。
さらには小さな小川で滑って転び、全身びしょぬれ&肘から流血。最後の最後で何やってるんだろう…。

私が降りて来ないことに気付き途中で待っていた夫は、泥だらけ&血を流し、足を引きずりながら降りてきた私を見て「え…?」とギョッとしていました。

午後2時、ついにホイットニーポータルに到着!睡眠不足の中の7時間の下り、よく頑張った…!

グリルの外で待ち構えていたケイティ&ブレンデンと再会し、迷ったあげく転んだことを笑顔で報告。本業がナースのケイティが手当してくれました。

グリルにハンバーガーを買いに行き、コーラとビールで乾杯!JMTが終わったというのに、ケイティから「あんたたちのトレイルネームを考えたの!タロウは“ゴープロ”、モモは“バーガー”ね!」と言われました。ちなみにケイティは“フィッシュテイル”、ブレンデンは“ケアベア”、オマールは“タンク”というトレイルネームです。

ブライアンもテラスに来て、みんなでビールを飲みながらあれこれと思い出話。

その後、ケイティ夫妻にホイットニーポータル麓のローンパインという町まで送ってもらいました。ブレンデンは、「うちはすごい狭いんだけど、もし良ければ一緒に帰ってうちに泊まらない?」と言ってくれて、こんなに疲れて久々に家に帰れるというのに、なんて優しい人なんだと感動しました。
私たちはローンパインのホステルに山道具以外の荷物を送ってあったので、ありがたいけどホステルに泊まるよ、と言うと、「LAを離れる前に必ずもう一度会おう!」ということになり笑顔で別れました。

ホステルは古い建物と設備でしたが、個室を予約できていたため気を使わずにゆっくりできました。インデペンデンス以来のシャワーでしたが、思ったよりも身体は汚れていました。荷物も無事に受け取り、明日からは今まで以上に大荷物です。

ホステル向かいにコインランドリーがあったので洗濯をしに行き、スーパーでしばらく食べられなかったオレンジとアイスを購入。
その道すがら、ギターレイク手前で少し話したソロハイカーに遭遇。彼も同じホステルのドミトリーに泊まるそうで、しばらく立ち話をしました。

乾燥機に洗濯物を突っ込み、夕ご飯に中華料理屋へ。注文前に店員さんが「1つの皿がもの凄くデカいの。よほど大食でなきゃ1皿で十分よ!」と親切に教えてくれて、夫と1皿をシェアしました。本当にデカかった。

終わった実感はまだ涌かず、明日からもう歩かなくていいことが信じられないまま、効きすぎる冷房の中で就寝しました。

  • 実際の歩行距離(iPhoneヘルスケア調べ):28km

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