スガ旅

35歳を迎え、夫婦で仕事を辞めました。

SUGATABI.

スガ家の旅の記録

私たちのカミーノ⑰

36日目

Arzua → Santa Irene

昨晩さらに咳が悪化し、同部屋のマリアに申し訳ないので数時間部屋を出て共用リビングのソファにてうたた寝。咳き込みすぎて吐き気も出てしまい、リビングとトイレを行ったり来たり…。

朝になってマリアも風邪っぽいと言い出し、完璧に私が移してしまった模様。ごめんねとマリアに謝ると、「何であなたが謝るの?悪いのはあなたじゃなくてウィルスよ!」と言われ、ドイツにはそんな無茶な考え方あるのかと眼から鱗でした。多分マリアが優しいだけ。

朝早くから開いているカフェに行き、3人で朝ごはん。スペインの朝のカフェはワンオペでサービスしていることが多く、ロボットのように無駄なく動くスタッフさんの機嫌を損ねないよう、タイミングを見計らって注文します。

同じカフェにてオーストラリアのサリーと再会!足が痛くて歩けないと言って、途中タクシーに乗ったりしていたので心配していました。「いよいよ明日サンティアゴに到着するのね!」と嬉しそうなサリー。
トレードマークのみんなのサイン入りの杖を持ち、元気に歩き出す姿を見てホッとしました。

雨が降ったり止んだりする中、私たちも出発です。アルスアの町の中で道が二手に分かれますが、マリアが「私のお腹がこっちって言ってる」という方に進みました。
「何でハートじゃなくてお腹なの?」と聞くと、「お腹の言うことは大事よ。間違えた方向に行くとお腹がモヤモヤすることあるでしょ?」と。よくわからないけどかわいいから何でもいい。

サンティアゴに到着してから巡礼事務所にてコンポステーラを発行してもらい、ミサに参加するのが通例なのですが、私たちは明日の夕方頃までにサンティアゴに到着し、コンポステーラ発行とミサは明後日に回すことにしました。そうすることで時間に追われることなくゆっくり歩く事ができます。

また、歩き始めた時は、マリアも私たち夫婦も巡礼路の最終地点であるフィステーラまで行くつもりでしたが、向こう一週間ずっと雨が続くこともあり、3人とも行かないことに決めました。私たちもあと少しでヨーロッパを出ないといけないし、マリアは早く帰って彼に会いたいと言っていました。

カミーノを歩き終えるということは、一緒に歩いてきた巡礼者たちと別れるということ。この1ヶ月、本当にたくさんの人と出会いました。私たちより先に進んでいたダグとジョンやアルベルタとジョズエ、ノラやエリックからはサンティアゴ到着の知らせが次々に届いてました。
ジンは日程的に私たちに会うことは叶わず、すでにマドリードへ。


ずっと何かを訴えてきたアヒル。

途中の休憩で、マリアがパンくずをくれました。吐き気に効くらしいです。初耳…!

昨晩の咳がかなり苦痛だったので、今日は集団部屋ではなく夫と二人で個室に泊まることに。もちろん高いけど、誰にも気を使わずにちゃんと睡眠を取りたい…。


黄色い矢印を探すのももうすぐ終わり。

3人で歩いたり、それぞれ1人で歩いたり、のんびりと進みます。私が「帰国したらカミーノでよく使ったスペイン語の単語を犬の名前にする」と言ったので、3人で案を出し合いました。
「バモス」
「ボカディージョ」
「ガト」
「バーニョ」
「カマ」
「プルポ」

マリアに、結局バスを使わないで歩いて追いついたね、と言うと、「うん、今は自分がすごく誇らしいわ!誰にも頼らずに毎日自分で起きられたし、薬にも頼らなかったわ!」と笑うマリア。それを聞いて、彼女がここに来る前は病院に通っていたということを思い出しました。きっととても深い絶望の中にいた彼女が、一大決心をして一人でこの道に来て、諦めることなく自力で歩き終えようとしている。その横で一緒に笑って歩けることがとても光栄でした。


やたらと猫に好かれる夫。

マリアはよく休憩中に私の顔を観察していて、私の目と口、そばかすが好きだと言っていました。私の顔にあるのはそばかすではなく明らかにシミですが、シミ一つない美しいマリアはそれが羨ましいと言うのです。日本で生まれ育って、シミを羨ましがられたのは初めてです。


サンティアゴまで残り29km!

私は自分に自信がなく、自分を愛することが苦手でしたが、マリアもそのようでした。私にとってマリアはどこから見てもパーフェクト。なのに、そう言うと怒り出します。「私なんか」と言って受け入れてくれません。

水たまりを見つけるたびに自ら入りに行くマリア。
マリアはカミーノに靴を持ってきておらず、私と同じキーンのサンダル1つで挑んでいます。

泥だらけの足を泥だらけの水たまりでゆすぐマリア。

マリアと別れ、本日の私たちの宿へ。スペイン語しか話さない、ぶっきらぼうだけど優しいお父さんと笑顔がかわいいお母さんが切り盛りしている素敵なアルベルゲ。
風呂トイレは共同でしたが、部屋数が少ないので全く問題なく使えました。

宿のレストランには巡礼者メニューがなかったので、単品で注文。私はガリシアンスープとミックスサラダ。夫はハムとハンバーガーを注文。
テーブルに運ばれてきてびっくり、全部大皿!たしかにメニューにはRacion(スペインではラスィオンは大皿料理)と書かれていましたが、値段的に小皿くらいの量だろうと勝手に推測していました。つまり激安。
お腹がはち切れそうだったけど、美味しかったのでほとんど平らげました。宿の奥さんに「手作りのサンティアゴケーキもあるわよ!美味しいわよ!」と言われたけれどもう1mmも入る余地なし。明日の朝食べるねと言って2階に上がり、就寝しました。

37日目

Santa Irene → Santiago de Compostela

いよいよ最終日。昨日に引き続き今日も大雨。
朝8時に下のレストランでマリアと待ち合わせをしていたので、8時前に降りてトスターダとカフェコンレチェを注文。お母さんのサンティアゴケーキも食べたかったので、テイクアウト用に包んでもらいました。

隣に座っていたドイツ人女性が、「私はバスに乗るわ。この天気で歩いてもしょうがないわよ」と言っていたけれど、私たちを含め他の周りの人達もバスに乗る選択肢はなし。彼女の言っていることは真っ当だし、こんなに雨が降っている中歩くなんて馬鹿げています。

「どうして歩くの?少しくらいバスに乗ったっていいじゃない?」と言う彼女の問いに、とにかく歩いて終わらせたいんだ、と答える私。
どうしてもバスに乗りたくない。風邪も治らずに咳き込んでいるのに、どうしても最後まで歩きたい。


宿でテイクアウトしたサンティアゴケーキ。

何故か下のレインウェアを履かずに出発した私はもちろんびしょ濡れになり、5kmほど歩いたところで休憩がてらレインパンツに履き替えました。マリアと一緒にあったかいレモンティーを飲み、「あと20キロ以上あるね…」と言いながらも、誰の口からも「やっぱりバスに乗ろう」という言葉は出てきません。

誰かから「どうしてカミーノに来たの?」と聞かれたとき、いつも私は「カミーノの映画を観たから」とか「歩くのが好きなんだ」とか答えていましたが、一番の目的は他にありました。

私にはマリちゃんという大好きな従姉妹がいて、私が旅に出るとき、マリちゃんは癌で闘病中でした。

カミーノを歩こうと決めたとき、マリちゃんの病気が治るように祈りながら800kmを歩ききって、サンティアゴ大聖堂でマリちゃんにロザリオを買って帰ろうと決めていました。

でも、マリちゃんはこの6月、私がカナダにいるときに他界しました。私は帰国せず、マリちゃんを見送ることも出来ませんでした。

ユーコン川にいる時も、JMTを歩いている時も、マリちゃんがもうこの世にいないことが受け入れられず、1人になった時に何度も泣きました。
外国で働き国際人だったマリちゃん。小さい時はよく私を泣かしたガキ大将のマリちゃん。最後に会ったのは私がまだ大学生の時で、マリちゃんに、付き合っている人はどんな人なの?と聞いたら「ニコラス・ケイジを100発ぶん殴ったような人だよ」と言っていたユーモアたっぷりのマリちゃん。豪快で美人で知的で、多くの人に愛されたマリちゃん。

マリちゃんが亡くなったことを日本にいる家族から聞いた私は、厳しい闘病生活を終えたマリちゃんが、ゆっくり天国で休めるように祈りながらカミーノを歩くことに気持ちを切り替えました。
巡礼路沿いの教会に入るたびに、マリちゃんのことを想い祈りました。

マリちゃんの死を受け入れられたかは正直まだ分かりませんが、心の中にマリちゃんがずっと居てくれた1ヶ月でした。一緒に歩いてくれてありがとうマリちゃん。


たまに晴れる。

私たちと同じくサンジャンから歩いてきたというおばあちゃんと途中一緒になり、彼女は「最初は一人でこんなに長い期間歩くなんて、危ないからやめろってみんなに言われたの。でも…」
「一人になることなんてなかったわよね?」とすかさずマリアが言いました。
「私も最初は孤独を恐れていたけど、来てみたら色んな人が私を気遣ってくれたわ。一人で歩くことなんて一瞬もなかったわ」

残り15km地点にある「15km」というそのまんまの名前のカフェで一休み。3人でパニーニで乾杯しました。毎日の楽しみだったカフェやバルでの休憩ももうなくなるのか…と思うとちょっと寂しい。
テラスでパニーニを食べていると、また天候が急変。嵐のような雨が降り出して、何かもう笑うしかなくなってきました。

雨の中黙々と歩き、カミーノの中で一番「無」になった時間でした。今日で終わる喜びとか、雨が辛いとか、何も考えずにただひたすら足を前に運びます。

靴の中は完全に水浸しで、指先からどんどん冷えていきます。

残り10km、何故かマジックで書かれて風情もクソもない標識を通り過ぎます。

いいメッセージをくれるなあと思ったら下に書いてあるのがメインでした。ゴミを放置していくなということでしょうか。

カミーノ最後の休憩です。夫は美味しそうなボカディージョを、私はトイレでゲロを吐きました。

雨が急に雹に変わりましたが、3人ともそれぞれのペースで黙々と歩き続けました。

ついにサンティアゴの街に入りました。思っていたより都会でびっくり。

みんなから送られてきた写真の場所で記念撮影。都会は街に入ってからが長い、引き続き大聖堂を目指します。

黄色い矢印とホタテを必死に探しながら歩き、大聖堂が見えてきました。

ついに到着!サンティアゴ大聖堂の前で万歳です。サンティアゴ大聖堂があまりにも大きく、これを撮影している私の姿がこちら。


完全に虫化。

今朝宿でバスに乗ると言っていたドイツ人女性も居たので、一緒に記念撮影。この喜びはここを歩いた人とじゃないと分かち合えません。

「大聖堂に着いたらきっと泣くと思っていたけど、涙が出ないわ。むしろすごく清々しい気分よ!」と言うマリア。私も全く同じ気持ちでした。

祝杯をあげるべく近くのバルに移動し、ビールとカフェコンレチェを注文。メイン通りのテラスに座ったせいか、通り過ぎる顔見知りの巡礼者仲間から「おめでとう!」「やったね!」と声をかけられます。

お腹が空いたのでタパスバーに移動した時、ハン先生ご夫妻と再会しました。ハン先生に、先生の愛情のこもった治療のおかげで最後まで歩くことができたこと、先生の奉仕の姿勢に感動し、私も先生のように誰かを助けられる人間になりたいと思ったと伝えました。きちんと伝わったかはわかりませんが、先生はハハハと笑って抱きしめてくれました。

初めて訪れる街なのに、通りを歩けば友達がいて、何だか不思議な感覚です。普通の海外旅行では味わえない気持ちです。

宿のチェックインも後回しにして、とにかく祝う私たち。明日の朝一で巡礼事務所にコンポステーラをもらいにいく約束をして、夜遅くに解散しました。
大聖堂から徒歩20分くらいの場所にある宿にやっとの思いでたどり着き、靴を脱いだらふやけて真っ白になっていました。
シャワーで体を温めた後、薬局で購入した咳止めを飲んで深い眠りにつきました。

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